さんぽ

散歩しませんかとはじめの携帯に電話がかかってきた。

「こんな夜遅くすみません。近くまで来ていたものですが今仕事を終えました。君の嫌いなBMWはありません。徒歩なんですがそれでもよければ。」
星が綺麗ですよ。

夜まだ8時を過ぎたくらいだし遅い時間という感覚ははじめにはなかった。自分が未成年だから明智はモラルを相当気にしている。さすが桜田門を背負っている人間は違う。

「別に遅くないぜ。うん。いいよ。星が綺麗なんだろ。行く。」

と明智が家の近所まで来てると聞きはじめは携帯と財布・・・・・・それほど入っていないけれど持って行かないよりはましな薄い財布をボトムの尻ポケットに突っ込んでダウンジャケットを羽織ってそとにでた。家を出るときどこ行くのよと母親に聞かれたから近所まで、と言い残してスニーカーを履いて飛び出した。踵を潰して履いてしまう。さすがに二月の夜は寒い・・・・・・。

と思ったときには本当にはじめの家の前まで明智は来ていて
「そんなにいそがなくていいのに。」とはじめにだけみせる優しい微笑みをみせた。

「靴、きちんと履いたほうがいいですよ。冷えますから。」
会いたかったし。
はじめは頭をかいて笑った。

「あんたに会いたかったし。」

両思いとわかったのはめでたい。二人とも嬉しかった。互いに嫌われていると思っていたから。
明智の手をそっと握ってみた。

「うわっ!つべてー!仕事お疲れさん。随分外にいたんだろ。風邪ひいてねえか?」

男同士手を繋いでいるとおかしいかなとはじめは手を離そうとしたらしっかり握りかえされた。

「・・・・・・あったかいですね。こたつで寝てたんじゃないですか?」
なんて耳元で囁かれた。このひと、結構恋人に優しいんだなと慣れない耳元のこそばさにはじめは笑った。

当たり。
「冬はこたつだろ。こたつとアイスクリームな。」

ふっと明智は笑う。
嫌味な笑いじゃない。

「アイスクリーム食べてたんですか。ご飯は食べましたか?」
うん。
あ。

「あんた仕事だったよな。飯食った?」
帰ったら食べますよと大人の方は言う。
だったら「うちで食う?あんた母ちゃんや二三に受けいいから夕飯くらい出すぜ。腹減ってるだろ。」と勧めた。
「それは申し訳ないですよ。いいです。」
「前、平気でうちの朝飯食ってたじゃん。今更遠慮する?」

あのときといまでは。
「私たちの関係が違うでしょう。」
と冷たいけれど優しいはじめより一回りほど大きな手で右手をぎゅっと握られた。

そりゃそうだけど。
はじめなら腹が減ってはデートどころじゃない。明智は大丈夫らしいけど・・・・・・。

ほら。
明智は右手で冬の夜空を指した。
満天の星とはいえないがここら辺りではあまり見かけないくらい星が瞬いている。
珍しいでしょう。
「この街でまれにみる星です。冬は星がよく見えますよね。明日はもっと寒くなるでしょう。綺麗ですね。」
放射冷却現象だろと、はじめも空を見上げて言った。
ええ。
「時々物知りですね。金田一君。」
時々で悪かったなと頬を膨らませた。

握られた手は明智のコートのポケットの中。周りに誰もいないからいいけどやっぱり男同士が手を繋いでいるのはきっとイケナイ光景なんだろうなとはじめは思った。それでも手を繋ぐのっていいよなとも感じる。

「なあ。あったかい缶コーヒーでも飲まない?明智サン。腹減ってるだろ。」
そうですねえと年上の恋人は考えた。
散歩しながら考えましょう。
「積もる話しがありますし。・・・・・・会えなくて淋しかったです。」



そうだ。
事件があって携帯に電話しても後でかけ直すと切られる。メールの返事もすぐには帰って来ない。現職警察官の恋人など持ったから仕方ないとはじめは思っている。仕方ないけど少し淋しい気持ちもあった。自分もまめな人間じゃないから電話やメールがないことはたいして重要ではない。
あくまで自分は事件解決に参与したことがあっても高校生の小僧にすぎず、明智は桜田門の警察官。しかも現場最高指揮官の警視。

これは埋められない・・・・・・。

事件をともに解決するとまでいかなくても同じ時間を共有できない立場であることが少しだけ淋しかった。
多分、明智の淋しいとは意味が違う気がする。

「おれも淋しかったよ。」
はじめの言葉に明智は微かな違和感を感じた。
歩きながらぽつりぽつりと話す。
どうやら。
「君の淋しいとは私たちの関係ですね。いつも同じときを過ごせないもどかしさというか・・・・・・。」
うんとはじめは頷いた。
早く大人になりたいなあと思うときがあるよと少年は呟いた。
「金田一君は大人になったら何になりたいんですか。事務所を開いて探偵ですか。」

ぶっぶー。

あんたを好きになって・・・・・・。
「あんたとこんな感じに付き合い出すまで大人になろうとか・・・・・・なんの仕事をしようとか考えてなかったんだ。そりゃひとは探偵をしろって言ってくれるけど・・・・・・ジッチャンみたいになれるかわかんねえし。ジッチャンも戦後他にすることがなかったから探偵してたけど好きな商売じゃなかったって言ってた・・・・・・。だから事件が終われば旅にでた。久保の銀造じっさまの後ろ盾と義理があって・・・・・・事件が起こっちまってそれから探偵してたって。メリケンで皿洗いしてたときは貧乏だったが自由だったって。まあ危ないこともしてたジッチャンだけど。おれも実際事件と出くわしたあと・・・・・・あんまり探偵で飯を食うって気持ちになれなくて・・・・・・。」

そうでしたか・・・・・・。

「君は探偵に向いていると思いましたが・・・・・・。」
事件と遭遇するから。
「事件とよく遭遇するからさ、目の前の謎はほっておけないんだ。解決しなくちゃ、ひとが作ったトリックならひとが必ず謎を解くことができるって思うけど・・・・・・。事件なんてないほうがいいだろ。明智サン。」



輝く冬の星座。
その瞬きより彼の瞳に宿る光りは美しい。

ええ。
「・・・・・・確かに事件が起こらないほうがいいですね。君の言うことは正しいと思います。」
あ、でも。
「いつもそんな悲惨な事件と向き合ってるあんたやオッサンは偉いって思うぜ。ほんと。逃げられないもんな。警察官は。」
君だって逃げないじゃないですか。
ふと明智の顔を見る。
いつも目が合う。

・・・・・・いつも見つめられてるってことかなとはじめは赤くなった。

「まあなんだ。一応うちはローンも残ってっし俺は長男だから働かないとな。あんたがびっくりする仕事を考えたんだ。この・・・・・・会えなかった間・・・・・・。」

道が開けて来て明かりの多いところまで歩いてきたのに明智はいっこうに手を離すつもりはないらしい。周りを歩く人間も別段二人をじろじろ見るわけでもない。自意識過剰だったかなとはじめは思う。同時に「連行されてる少年犯罪者」に見られてたらやだなと苦笑した。

どうしましたと明智が尋ねた。
いやいやなんでもないと笑った。
「駅前にラーメン屋あるよ。美味いんだぜ。食ってかない?」
歩きながらもはじめは思う。
捜査が終わって明智はきっと疲れている。飯もまだだというのだから腹も減っているだろう。さっき夕飯を食べたはじめですら小腹が空いている。ラーメンなんて冬にぴったりのメニューじゃないか。
これでもはじめは恋人を思いやっているのだ。

「ラーメン、食べたいですか?」
などとかえって気を使われた。
「あんたが腹減って疲れてんじゃないかって思うからいってんじゃん。」
それはありがとうございます。
明智は微笑んで言う。

でも。






もっとほしいものがあるんです。
「うちに来ませんか。缶コーヒーより美味しい珈琲をいれます。ラーメンはさすがに麺から打つわけじゃないのでうちではご馳走できませんが鍋焼きうどん作ります。・・・・・・だめですか。雑炊でもパスタでもいいですよ。」

・・・・・・。
もっとほしいものってなんだよと、はじめは耳まで赤くした。

「君の将来のなりたい職業が気になるんです。ゆっくり聞きたいんで君をこのままうちに連れて帰りたくなりました。夜食も出しますよ。」
・・・・・・食べ物の問題じゃないだろ。

散歩してるうちに・・・・・・。
「手が離せなくなっちゃったんです。本音です。男は悲しい生き物ですよね。」
それが大人の言うことかとはじめは思う。

・・・・・・。
でも自分もそうかもしれないと思った。



「いきなりなにかをいたそうとか考えてません。君が思っているようなことは前にも言いましたが焦ることないと思います。ただ仕事も終わったし部屋で過ごせたらいいなと思ったんです。・・・・・・君と。」
パジャマ貸しますから。
なんて明智は悪びれずに言う。

じゃあさ。
「コンビニでおやつ買おう。アイスとかポテトチップスとか。コーラも。」
んで朝まで、話ししよ。
「ジャンクフード好きですね。まあいいでしょう。明日は休みでしたよね。金田一君。」
うん。
実は。
「私もです。長いこと家に帰っていないので気になるし・・・・・・夜中話しをしましょう。」
君をだっこしながら。



・・・・・・一言多い気はするけど恋人なんだしこのままなし崩しでエッチなことになったらなったでかまわないとはじめは思う。明智が自分を抑制できるとしたらそれはそれですごい。でもこういうことはムードや流れがあるもので。
どっちにころんでも。






将来なりたい職業はまだ教えない。

手を繋いだまま、タクシーをひろって。
あ。
「母ちゃんに電話しとかなくちゃ。」
「私の家からかければいいです。私も一言ご挨拶します。」
タクシーの運転手さんに聞かれてもいいような言葉を瞬時に選ぶIQ180の少年。
「じゃあ事件のことで明智さんちに泊まって打ち合わせするって言っとこう。」
そうですね。

・・・・・・いずれ改めてはじめの両親には挨拶しようと思う明智だった。あまり嘘をつかせたくないしそんな後ろめたい交際ではないと主張したい。
ただ、本気で好きになったひとはまだ高校生で・・・・・・男子だっただけだ。
大事な恋愛にかわりはない。

「今夜は特別そうしましょう。嘘は嫌なので後日改めて君のご両親に挨拶に行きますからそのつもりで。」
ときっぱり言った。
嘘は泥棒の始まりですからね。



さすが桜田門。

でも・・・・・・はじめは両親が泡を吹く姿を想像した。交際している人間が11歳年上の国歌公務員男性の明智であると親が知ったら。

まあ、いずれは話すことなのだ。
運転手さんに道順を言っている明智を見てはじめは思う。真面目だなあと。そんなところも好きだからそれはそれでいいやと思えた。
マンションについて。



さて二人の初めての夜が始まる。
それは星の美しい夜でした。


2009/12/18 (金)